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近くて遠い

by Naoki.URAI✅

家の近くに吉野家がある。

そこで働く店員のなかに、レジェンドがいる。
レジェンドは、体の動きのキレや外見、遭遇回数から判断するに、おそらく50代後半のアルバイトだろうか。

その店舗は、常に3~4人が勤務しており、面積や座席数を考えても作業量は妥当だろう。と、素人目からみても感じる。

お茶をだす。注文をとる。配膳する。お会計。

無駄も複雑もないオペレーション。最近はPOSレジも導入されており「注文の覚え間違い」は起こらない。
完全にフレームワーク化されている。隙がない。

では、そんなクリエイティブポイントのない作業の中で、何ゆえ彼はレジェンドなのか?


そのレジェンドがシフトに入ると
とたんにオペレーションの歯車が狂いだすのだ。


お茶だしミス。配膳ミス。後片付けミス。レジ打ちミス。

フレームワークから提供される作業ポイントで、彼はことごとく失敗を重ねる。
私は吉野家のレジで初めて渋滞を見たし体験もした。

最後に見た惨状は、注文待ち・レジ待ち行列が出来ている中

他の若い店員

ホゲホゲさーん。それは今いいから、レジ!レジおねがいします!

との懇願に、彼は一応の返事はするものの、延々とやかんに水が溜まるのを凝視していた

客からの怒号。店員からの悲鳴。戦場さながらの店内で彼だけが別の「zone」でやかんと死闘を繰り広げていた。

その日、私は一度腰を下ろした席を立ち店舗を後にした。客の一人として「注文いいすか?!」と参戦する権利もあったが、吉野家の売り文句である”早い・安い”バリューを得られないと悟り、早々にコンビニおにぎりを選ぶことにした。
”うまい”は求めていない


鮭おにぎりを買い物かごに入れながら

世の中に不要な人間などいない。
なんかよく聞く

を思いだした。そりゃそうかもしれないが、我々凡人の目の前にはまず需要がありそれに応えられないのであれば、他の需要を探さなければならない。

大多数の人間は、探しなおすコストよりも与えられたものを選ぶ。私だってそうだ。面倒くさい。だがこれも権利だ。そして選んだのであれば全うしようとするのが責任だ。責任を果たさずして権利など得られない。

彼は吉野家での店員という需要を選んだにもかかわらず、その責任の中の一つにすぎないやかんにとらわれた。私が見た限り彼は店員の中でおそらく最高齢だ。他の若い店員も自分の父が重なる年齢の男性に「やかんかよ。周り見ろよ。レジやれよ。」なんてすごく言いにくいだろう。

そんな事を考えながらコンビニで清算を済ませ家路につく。
私は自分の部屋から徒歩数十秒の吉野家へ行く事はなくなった。決して根に持っているのではない。

Author

これは学習です


それから数カ月経ったつい先日の朝。その日は前日からお局がご実家へ参勤交代されており自力で朝食の調達しなければならなかった。

とりあえず出社の支度を済ませ部屋から外に出る。するとあの吉野家が目に入った。

...まぁいいか。朝はそんなに混んでなだろうし、彼が居ても問題なかろう。

少し身構えながら入店すると彼が出迎えてくれた。ヤバい。やっぱり見ただけて疲れてきた。

私が席に座る。彼がお茶を出す。

ご注文はお決まりでしょうか?

と彼がお茶を出した手を引く際に、スプーン立てに手が引っかかり盛大にひっくり返す。落としたスプーンをそのまま戻そうとする。他の店員に注意をうける。新しいスプーンの入ったスプーン立てを持ってこようとしたが何故か新しいスプーン立てを別の場所に置いた。

そして去っていった。颯爽と。

Author

スベらんなぁ

と思いながら彼を呼び止め注文をする。「並み、つゆ抜きで

普通盛り?並盛?大盛り?

家の近くだったはずの吉野家は、その瞬間、私の中で確実に遠くなってしまった。一つの後悔を挙げるとするならば、普通と並の違いが一生分からない事だろうか。


Naoki.URAI✅
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